研究内容
   — 新概念に基づく金属錯体触媒の開発

 地球上に豊富に存在する水素、酸素、水、窒素、二酸化炭素などの小分子を元素源として活用する合成プロセスの開発は、限られた資源やエネルギーを有効活用するために化学者に課せられた重要な責務です。われわれは、金属錯体触媒を用いてこの課題に取り組んでいます。とくに、反応場となる金属の周囲に、配位子からの水素結合をはじめとする弱い相互作用を集積するという新しい概念に基づいて、生体内酵素反応のように高選択的かつ省エネルギー型の触媒反応の開発を目指しています。

金属—配位子二官能性触媒の開発

 高度な分子変換を可能にする触媒として、われわれは右図に示すような、分子内に酸性部位と塩基性部位をあわせもつ種々の金属錯体触媒を開発してきました。これらの錯体は、従来の金属錯体触媒とは違って、配位子も酸塩基点あるいは水素結合供与部位などとして反応に直接関与するという特徴をもちます。
 これらの錯体触媒を用いて、例えばカルボン酸エステル、アミドなどの触媒的水素化を実現しました。これらの化合物の還元は現在、金属水素化物を用いて多量の金属塩の副生を伴いながら化学量論的におこなわれていますが、それらに代わるクリーンな触媒的合成反応として意義深いといえます。

二酸化炭素の化学的固定化

 一方で、二酸化炭素を炭素資源として合成化学的に利用する目的で、8〜11族金属触媒や有機触媒を用いる反応を設計しています。最近では、二酸化炭素とアミンから生成するカルバミン酸の変換を鍵とするウレタン合成法として、右に示すような金触媒によるプロパルギルアミン類の環化カルボキシル化反応を見いだしています。この触媒反応は水素や一酸化炭素等との混合ガスを用いても、活性が阻害されずに進行する特長があり、触媒中間体の単離、構造解析にも成功しています。

窒素の化学変換に向けた多プロトン多電子移動反応の開発

 反応性に乏しい窒素分子を還元し、アンモニアなどの基幹化成品へと還元するためには、窒素分子に対して複数のプロトンと電子を効率よく供給する必要があります。そのような機能を実現するために、金属周辺に複数のプロトン供与部位をもつ錯体触媒を設計しました。右に示すような、プロトン性NH基を二つもつ三座キレート錯体(ピンサー型錯体)では、ヒドラジンとの間で2プロトンの移動と連動した2電子の移動が双方向に進行します。現在、窒素分子の還元へと応用すべく研究を進めています。

金属酵素モデルを指向した超分子錯体の創製

 窒素固定酵素ニトロゲナーゼに代表される生体内金属酵素では、金属中心や機能性ペプチド残基、補因子など、多数の構造要素が精緻に配列しています。その構造や機能を理解し、人工的に利活用するために、超分子化学的なアプローチに取り組んでいます。例えば、1,3-ジフェニルホスフィノベンゼン(DPPBz)をリンカー配位子として用いると、プロティックピンサー型配位子をもつルテニウム錯体2分子から、プロトン応答部位で囲まれた中空構造が自発的に組み上がり、中央の空孔に窒素分子が取り込まれることを明らかにしました。配位活性化された窒素の周囲に、電子を供給する多数の金属中心と、プロトン供給経路を併せもつニトロゲナーゼの機能モデルとして期待されます。その他、ポルフィリンや補酵素NADHなどの生体分子に想を得た新たな機能性配位子の開発も進めています。

参考文献

Metal-Ligand Bifunctional Reactivity and Catalysis of Protic N-Heterocyclic Carbene and Pyrazole Complexes Featuring β-NH Units
Shigeki Kuwata and Takao Ikariya
Chem. Commun. 2014, 50, 14290-14300.

NHC-Gold(I) Complexes as Effective Catalysts for the Carboxylative Cyclization of Propargylamines with Carbon Dioxide
Shun Hase, Yoshihito Kayaki, and Takao Ikariya
Organometallics 2013, 32, 5285-5288.

Metallo-Supramolecular Assembly of Protic Pincer-Type Complexes: Encapsulation of Dinitrogen and Carbon Disulfide into Multiproton-Responsive Diruthenium Cage
Tatsuro Toda, Satoshi Suzuki, and Shigeki Kuwata
Chem. Commun. 2019, 55, 1028-1031.